YS-54の日記帳です。
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    機種変更、その他いろいろ…
    category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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      ついに、スマートフォンに機種変更しました。機種は、AQUOS PHONE IS13SHで、相変わらずauです。
      いわゆる「前面にボタンのないスマホ」なので、横持ち時はボタンもそれに相応しい表示になります。また、コンビネーション液晶なので、ディスプレイから絶対に表示が消えないのも、大きな特徴です。
      スマートフォンと言えば、やはりアプリの存在が挙げられますが、現在はFirefox Mobile、JUGEMアプリのみ入れた状態です。Firefox MobileはIS13SHでは動作未確認とされていますが、 インストールも出来ましたし、Wi-Fiエリアでも満足できる通信が出来ました。Android Marketでよく見る「使えない」、「ダメ」というコメントは、たぶん3Gエリアでやろうとしたからでは? としか思えないのは私だけなのでしょうか?
      慣れるまで頑張ります。

      それに…。
      来年、デスクトップパソコン・富士通FMV DESKPOWER EK30XNが購入から6年が経過するため、経年退役させることにします。願わくは、プログラムをあともう1〜2本作りたいところですね…。
      ことし、マイクロソフトがWindows 8を発表するとかいう噂を聞いていますので、事実ならばわが家にWindows 7はやってこないでしょう。これも、使用期間によるものですから仕方のないことですね。

      年月が変わって最初の投稿となります。ことしどうぞよろしくお願いします。
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      3年前の出来事…
      category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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        思い返すこと、3年前――。
        Atelier YS-54は、それまでWebオーサリングツールで作ってきたウェブサイトをやめて、Geeklogを用いたウェブサイトへ移行しました。インストールが終わり、順調な運営をしていたのですが、ある日、事件が…。

        それは、「僕の夏休み 〜友達以上恋人以上〜」Version.3.00のアップロード失敗によるMySQLデータベース破損でした。
        当時はバックアップが取ってあり、すぐに復旧することができたのですが、時間を盗られてしまいました。あの時ばかりは「時間返せ!!」と本気で思ったものです。
        それ以上に辛い思いをしたのが、Geeklogのバージョンアップ時で、バックアップも充分に取ってあったはずなのに、かなり不安定で、泣く泣くアンインストールせざるを得ませんでした。新規インストール後、MySQLデータベースから記事やブロックの復旧を行いましたが、すべてが終わったのは深夜のことでした。当時は緊急レスキューツールがなかったので、以降「Geeklogのアップグレードは避け、新しいサーバーに新規インストールをする」を教訓としました。

        ――今になって、移転予定地で3年前と同じことをやっているのですが、あの時MySQLデータベースからどうやって復旧させたのか、思い出せないのです。正直、先が思いやられそうですが、期限はあと一ヶ月なので、早急に思い出して、作業を進めていきたいと思います。
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        時代――私が出会ってきたもの
        category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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          きょうの夕方のニュースで、津波関連の話題が取り上げられたとき、「安政の大地震のとき、近くの神社に避難した人は全員助かったんだって」と話題になりました。
          しかし、私はこのことを知らなかったので、「えっ、そうだったの?」と聞き返しました。次に「小学校のとき、副読本で習わなかったのか」と聞かれ、「それは当時の教師(社会の授業が担任だったため)の怠慢だ」と答えました(私はゆとり教育の時代を生きてきたので、ひょっとしたらそこまで教わっていなかった可能性もあります)。

          思えばきょうは防災の日、自分自身が『パソコン』という機械に出会ったのもこのころでした。ブログの更新も兼ねて、当時通った学校のこと、触ったことのあるパソコンのことについて書こうと思います。

          当時通っていた小学校は、浜名湖から東に1、2キロのところに位置しています。当時の町役場(現・町総合事務所)も、浜名湖のすぐ近くにあります。小学校も町役場も、いずれ起こる東海地震で、間違いなく津波で真っ先にやられるところであります。
          ――そんな小学校に『パソコン』という機械がやってくるらしい、という話を聞いたのは小学校三年生のとき(当時8歳)。実際に、三年一組の教室跡があてがわれました。しかし、一学期中はパソコンが導入されることはなく、導入までの間、パソコン室は体育の授業で使われるといった状態でした。導入されたのは夏休みの間中で、部屋には真新しいパソコンが20台導入されました。
          当時はPC-98やDOS/V、独自など、規格が乱立している時代でしたが、小学校が導入したのは富士通株式会社製FM-TOWNSというもので、独自規格のパソコンでした。
          そして、私がパソコンが動いているのをみたのは、掃除の時間のことでした。担任の先生に私だけが連れられていきました。先生が電源を投入すると、ブラウン管式ディスプレイにFM-TOWNSのロゴがぼんやりと浮かび上がり、実際にシステムが立ち上がりはじめると、「花火のように」メッセージが流だし、「パラメータが変更されました」のメッセージに続いて出たのはMicrosoft Windows 2.0のスプラッシュスクリーンでした。
          一般にFM-TOWNSというと、TownsOSが搭載されたパソコンのことを言うそうですが、このパソコンには早い時期からWindowsが導入されていました。
          しかし、これだけではありませんでした。なんと、Windows 3.1もインストールされていたのです。
          その後、先生はWindows 3.1を起動して、「駅すぱあと」という乗り換え検索ソフトで小学校の最寄り駅から東京ディズニーランド(当時はディズニーシーはありませんでした)までの案内を出すなど、いろんなことを見せてくれました。
          実際にパソコンを使った授業をはじめたのは10月ぐらいで、この担任の場合、一週間の中で3、4日はパソコン室で遊ばせていました。おかげで、三学期の終わりに実施できなかった(実施しなかった、が適当でしょうか)テストを延々とやったのは地獄でした。

          ところで、小学校三年生の終わりごろに、我が家は初めてパソコンを買いました。富士通株式会社製FMV-DESKPOWER SEで、価格は約30万円。OSはWindows 95でした。この当時のWindowsは、MS-DOSを下敷きにしたようなOSであり、WindowsのインストールもDOSコマンドを入力して開始していました。しかもこのパソコンはPentiumプロセッサを搭載していたにも関わらず、メモリは16MB、ハードディスクは1GBと、今となっては貧弱なスペックでした。しかし、このパソコンは姉が大学で使うためのもので、一ヶ月後には東京へ持っていかれました。
          思えば、「パソコンと言えば富士通」という構図ができあがっていたのはこの頃だったと思います。

          小学校四年生になると、今度は日本電気株式会社製PC-98が一台だけ導入されました。こちらはWindows 95にplus!が組み込まれていて、しかも唯一インターネットに接続できるパソコンでした。
          結局、小学校卒業までの間に使っていたのはFM-TOWNSとPC-98でした。

          中学校からはNEC製PC-9821で、やはり教育用途が中心でした。OSはWindows 95でした。
          当時通っていた中学校は、遠州灘から北に1キロのところにあり、東海地震の津波想定域のところで真っ先にやられるところであります。
          ここでは「ステラナビゲータ」という天文教育関連のソフトを触って学習していました。また、すべてのパソコンがインターネットに接続できることは大きかったと思います。
          また、技術の授業では、教師と私の持つ知識で対決したこともあります(当然勝てませんでした)。

          一方で、中学校一年生のときには姉が東京に持っていったパソコンが戻り、私が本格的に使うことになりました。しかし、エラーが頻発する問題児で、まずはどこまでやったらエラーが起こるか、それを見極めながら使う毎日でした。中学校二年生からは我が家もインターネットに接続するようになり、この頃プログラミングという言葉にも出会っています。私が最初に作ったプログラムは電卓プログラムで、N88互換BASICで書いたものでした。のち、Hot Soup Processorに転向しています。

          高校一年生のころは授業でパソコンを使うことはなく、高校二年生でパソコンを使いました。機種は、最初はメーカー名が分からないWindows Me(校舎移転後はWindows 2000)が搭載されたもので、のち、エプソンダイレクト株式会社製パソコンを使っていました。この頃はかなり本格的な授業が多く、高校卒業前にはオフィスソフトで一通りのことが出来ることが目標でした。

          一方、高校一年生の頃には姉からもらったパソコンが致命的なエラーで再インストールに追い込まれ、インターネットから永久に切断される事態に陥りました。そのせいもあって、iモードをかなり使いまくり、月2万円近くは当たり前でした。このため携帯電話没収となり、高校一年生二学期の終わりまで返してもらえませんでした。
          高校二年生からはインターネットに復帰し、この頃からホームページを立ち上げはじめます。これ以降については、サイトに略歴を載せているので、省略します。

          大学生の頃はヒューレット・パッカード製コンパックなど、デスクトップ機もノートブック機も使いました。この頃はレポートの作成や暇つぶしで使っていることが多かったですね。変わったところでは、自宅のパソコンと大学のパソコンを私のホームページを通して繋ぎ、レポートのやり取りに使ったこともあります。

          一方、私生活では姉からもらったパソコンの廃棄処分、新パソコンの導入など、目まぐるしく環境が変わった時期でもありました。

          ――ここまで振り返ってみると、いろんなことがあったと感じます。小・中学校はいずれも東海地震による津波で一発アウトのところにあり、行政サービスも津波一つで即停止のところに位置しています。東日本大震災から間もなく半年、津波危険地帯に対する早い対応が望まれます。
          また、パソコンも今までは上級者向けの機械から初心者でも気軽に始められる機械まで敷居が下がり、形態もネットブックから、きのうまではUMPCだったものがタブレット形へと変わってきています。
          また、携帯電話もゲーム機(特に携帯型)もコンピュータとの融合が進んでおり、その境界は曖昧になりつつあります。
          それに、ゲームも今ではスタンドアロンからオンラインへ軸足が移りつつあります。「僕の夏休みシリーズ」はスタンドアロン型恋愛アドベンチャーゲームプログラムなので、オンラインゲームが最大の競争相手になっています。「僕の夏休みシリーズ」もシナリオの質をしっかりしておかないと、オンラインゲームと勝負ができなくなっています(あの作品を除きます)。
          どれにしてもそうですが、良いところは伸ばし、悪いところは改善し無くしていくことが大切だと思います。
          これからも時代は変わりますが、それぞれの長所を持つものは長く残ってほしいと思います。
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          モデム破損?によるインターネット接続不可のお知らせ
          category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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            本日、モデムの配置変更を行った際、誤って高台からモデムを落としてしまいました。その後、配置変更後に電源を投入した際、BBルーターからインターネット接続回線の判定を行う旨の表示がされ、指示に従ったのですが、結果は「DHCPサーバー、またはPPPoEサーバーが見つからない」と表示されました。そこで、一度はモデムのリセットスイッチを押したのですが、今度はPPPランプが赤点滅…。恐らく8年前の設定内容がすべて消えた可能性があります。設定は8年前にKDDIカスタマーサービスセンターに電話しながら行って以来、一度も変更してはいません。ひょっとしたら、落ちた際の打ちどころが悪く、破損した可能性もあります。
            それでも再接続できるか試してみますが、今日中にできなかった場合、明日、KDDIに連絡して状況を確認しながら再接続を試みる予定です。もし、KDDIでもお手上げの場合は、修理または現物交換になるかもしれません。

            厳格な節電状態の中で活動停滞中の中、また新たな問題が起こってしまい、正直言って頭がかなり痛いです。これが最後のとどめにならなければいいのですが…。
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            今後のサイト運営及びプログラム開発の予定について
            category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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              きょう、浜松市内でバスジャック事件があったとのことですが、狙われたバスが私が高校生時代(といっても新校舎に移転するまでの1年半の間ですが)に使っていた系統のバスと知り、驚きました。犯人はすでに逮捕されてほっとしていますが、関係のない乗客をも巻き込むのはやめてほしいと思います。
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              我が町四方山話
              category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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                自治会から、舞阪町の閉町記念誌「夕影(ゆうかげ)」が、配布されてきました。
                舞阪町は、明治22年の町制施行から平成17年の市町村合併まで、実に、116年の歴史を刻んできました。古くは、縄文時代から人が住み始めていた、という歴史も残っています。これは、街にある舞阪町郷土資料館に寄贈された、土器の破片が物語っています。舞阪町ははじめ、「廻沢(まわさわ)」という地名で呼ばれ、時代を経るにつれて舞沢(まいさわ)、前沢(まえさわ)、前坂(まえさか)となり、そして舞坂(まいさか)となったのです。本記事をご覧の通り、字体の異なる「さか」という漢字が使われていますが、現在の「舞阪」となったのは、町制施行後のことです。
                 また、ここで初めて知ったことは、舞阪町もB29による空襲を受けていたことです。このときの死者は、2名でした。それ以前にもB24が漁船を襲撃し、死者4名、重傷5名の被害を出しています。当時のアメリカの極悪非道ぶりが、よく分かります。そして、1945年8月15日の終戦時には、舞阪町での戦死者は226人に上りました。
                終戦から数年後の昭和28年、舞阪町、雄踏町、新居町で浜名湖競艇組合が組織され、今の浜名湖競艇場が開設されます。昭和29年、乙女園に県立水族館が開設されますが、昭和44年に惜しまれながらも閉鎖されました。水族館のような施設は、平成12年に県水産試験場に併設された、体験型研究施設「ウオット」の開設まで、空白となります。昭和38年には、町立保育園が開設されます。これは、昭和21年に開設された、弁天島同胞寮の施設を借りて始めたもので、町内最初の保育園は弁天島にあった、ということになります。さらに、伊勢湾台風の影響で住宅が浸水し、災害救助法の適用を受けたりしました。時代はさらに進み、河合楽器舞阪工場が完成し、ピアノの生産が始まりました。
                市町村合併の話が出たのは、今の日本が抱える少子高齢化問題および福祉制度の変革も重なり、平成14年からその話し合いが始まります。そして話し合いから3年後の平成17年に浜北市、天竜市、雄踏町、細江町、三ヶ日町、龍山村他の自治体と共に浜松市と合併、舞阪町は116年の歴史に幕を下ろしたのです。
                思えばもう合併から1年。この街も私も大きく変わりました。今後、どの様に変わっていくかは分かりませんが、社会福祉の学習のため、後数年間はこの街に残ることになります。これからの発展が楽しみです。

                本当は、パソコンからやれば早く済むのですが、すべてのパソコンの電源を切ってしまったため、急遽携帯電話から投稿しました。たまには指を慣らしたいので、私から見れば今回の投稿は、ちょうどいい機会になりました。
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                携帯電話四方山話
                category: JUGEM/携帯電話からの投稿記事 | author: YS-54
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                   携帯電話をA5518SAにしました。今、何かと話題を呼んでいるワンセグには対応していません。音楽をもっとケータイできる、au LISTEN MOBILE SERVICEにも対応していません。どこにでもある、ごくごく普通の携帯電話です。
                   色はラスターホワイトにしました。スモークシルバーでもよかったのですが、A5503SAがスノーホワイト、A5512CAがイノセントホワイト、と、白だけでやってきたので、今回もそうすることにしました。デザインは非常にシンプルなもので、「シンプルに潜む、Beautiful。」という言葉が非常に良く似合った携帯です。さらにはFMラジオチューナー搭載ですから、いつでもどこでもFMラジオを聴くことが出来ます。さらにはminiSDメモリーカードも使えてしまうのです。シンプルなわりには出来ることがたくさんです。
                   以前使っていたA5512CAは、メールのバックグラウンド受信画面が出ない(ただし受信完了の画面は出る)◇サブディスプレイに好きな待受画面が設定できない◇ボタンが押しづらいといった点がありました。つまり、これまで設定の自由度が高い携帯を使っていた人にとっては使いづらいと感じるかもしれません。もし私が兄弟機であるG'z One TYPE-Rを使っていたなら、最低あと1年は我慢していたと思います。A5512CAは時計機能だけが重視されており、ほかの事は省略されていたりしています。時計だけがすべてではなく、通話やメールが充実してこそ携帯電話である、と私は考えているのです。今後数年間は機種変更することはないし、おそらくカシオ製の携帯電話を選ぶことはもうないと思います。あの携帯でもう懲りていますから。
                   そして、本ブログのカテゴリに「CDMA 1x」を追加しました。モブログ投稿時も、このカテゴリに収めることになります。
                   ということで、久しぶりに長く書いてみました。たぶん論点がまとまっていないと思いますが・・・。
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